Vol.01 ~カ・セントの世界~

幸 Happy

Vol.01 ~カ・セントの世界~ 幸 Happy

「生牡蠣を口に入れた瞬間って幸せな気分にならない?」と、まっすぐな目で問いかけてくるシェフ。ええ、その通りですね。艶々でちょっと官能的な舌触りと、磯の香り、噛み締めたときにあふれ出す旨みの口福といったら、好きな人には本当にたまらない魅力に満ちている。このふっくらとした生牡蠣の下、殻の底には、リンゴのシャーベットと、アンチョビバタークリームが隠れている。野性のクレソンの緑は目が覚めるほど苦く、柚子の黄色は冬の香り。目と舌と臭覚に訴えかけてくる。

喜 Pleasuer

Vol.01 ~カ・セントの世界~ 喜 Pleasuer

コース前半のクライマックスのタパス。いつも8〜10品ほどの小皿料理が人数分、次から次へと運ばれてきて、ワクワクしながらそれを待つ。テーブルを埋め尽くした賑やかな料理を前に「どれから食べよう」と目移りする。嬉しい悲鳴だ。「フォアグラのテリーヌとカカオのチュイル」に「ウニのコルネ」。鳥の巣に見立てた器に「うずらの卵」。プレゼンテーションが面白い。スペイン料理の技法やシェフの遊び心がここに凝縮されている、のだが、とりあえず難しいことは抜きにして、ただただ、愉しい!

愛 Love

Vol.01 ~カ・セントの世界~ 愛 Love

チーズを作る工程で出る「乳清・ホエイ」と呼ばれる乳白色の水分がある。従来廃棄されてきたものだが、栄養価が高く、近年再利用法などが試行されている。六甲山の『弓削牧場』を訪ねた際に、このホエイを使いたいと思い生まれた一品。サラダの上に温めたホエイを注ぎ、和えて食べる。料理がアートと異なる点は温度だ。熱によって立つ香りが、食欲を刺激する。ホエイの酸味が野菜の苦味を引き立てるし、身体にだっていい。食材とその生産者を尊重し、同時に食べ手の健康も想っている。

尊 Respect

Vol.01 ~カ・セントの世界~ 尊 Respect

コースの終盤に供される「ヴァレンシア風おじや」は、シェフが修業したスペインの郷土料理。彼の地の食文化と、自分の師への敬意を込めて、開店以来ずっとメニューに載せている。魚介やウサギなどのだしのなかで米を泳がせるように対流させ、長時間かけてコトコト煮ていく。パプリカとトマトのオレンジも鮮やか。最後の盛り付けはテーブルの脇で熱々をサーブするスタイル。おじやから立つ湯気と香りが幸せな気持ちを運んでくれる。ほっこりと、どこか懐かしみを覚える味。その滋味が染み渡る。

レストランガイドの星を取ろうが取るまいが、(少なくとも)私にとってはどちらでもいい。ただ料理やシェフが先鋭的に見えたとしても「ああ、流行のモダンスパニッシュね」という言葉でこのレストランを片付けて欲しくはないと思う。福本伸也さんの料理はどの皿にも温かみがあり、優しい印象を受ける。彼の人柄がにじみ出ている。たとえば、日本中のレストランが一年で一番忙しいクリスマスの夜、『カ・セント』は定休日だ。「僕は子どもの頃できなかったから、自分の家族とは一緒に過ごしたい」と家路を急ぐ。自分が大切にすべきものが分かっている人が作る料理は、食材に対してもゲストに対しても同様の愛情に満ちている。


写真/太田恭史 Photographs by Takashi Ohta

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