Vol.06 ~メツゲライクスダの世界~

熟 Mature

Vol.06 ~メツゲライクスダの世界~ 熟 Mature

薄く切ったハムを口に入れると、すっと消えた。みずみずしくピュアな味わい、はかない食感――ハムを形容するにはおかしな表現だが、こちらのボンレスハムに限ってはこれが正しい。豚のモモ肉を、塩水に7~10日ほど漬け込む。この時酵素の力でタンパク質が分解され、旨味が増していく。それが熟成。個体によって違う肉質を読み切り、熟成具合を見極めるのが職人の技。肉に薬を添加すれば状態が安定し、大量生産もできるが、薬が入ると先に記した食感や味は生まれない。「ハム職人だった父もずっと作っていたこのハムは僕の原点。死ぬまで作り続け、最上の状態を追い求めるのだろうと思います」。

生 Life

Vol.06 ~メツゲライクスダの世界~ 生 Life

豚の頭を丸ごと1週間塩漬けにしてから、煉瓦の窯で7時間かけて焼いた。これは楠田裕彦さんが強いメッセージを込めて出してきた一品。私たちは日々肉を食べるが、精肉の状態で手にするため、さっきまで命があった生き物を殺して、その肉を食べているのだ、という意識が薄い。大人も子供ももう一度、考えてほしい大切なこと。生物の命をいただいて人間は生きていられるのだ。特に豚は「鳴き声以外は全部食べる」と称されるほど、捨てるところが一つもない。血も内臓も、顔も、皮も、骨も、尻尾に至るまで加工して使いきることができる。美人な豚の安らかな瞳を前に「美味しくいただきます」と誓った。

挽 Mince

Vol.06 ~メツゲライクスダの世界~ 挽 Mince

粒感がそそるテリーヌ。主材料は新鮮なレバーと、豚の首と顔の肉。挽いた肉に味付けをし、手で混ぜる。「タンパク質が脂肪分をしっかりと抱え込んだ状態が一番美味しいタイミング」。楠田さんは工房で一人、ボウルの中のミンチに向き合いながら「今だ!」という一瞬のタイミングを計っているのだ。「ミンチにしたり、素材同士を組み合わせたり、加工を施して、元の肉より美味しくならないのなら、そのまま焼いて食べた方がよっぽどいいと思うんです」と、きっぱり断言する。そのまっすぐなまなざしが眩しい。表面にかかった薄い茶色は、豚の皮を煮込んでとったゼラチン質。豚の旨味が凝縮されている。

薫 Smoke

Vol.06 ~メツゲライクスダの世界~ 薫 Smoke

表面が真っ黒になるまで燻したベーコン。皮の黒と身の赤のコントラストが美しい。品格と旨味を携えた、最高にかっこいい豚バラ肉の姿だと思う。これはアルザス地方の伝統的製法で作る「ラール・フュメ・ペイザン」。「現地では天井の上の方に吊るして薪ストーブの上で燻していました」と楠田さん。スパイスや塩をまぶしたバラ肉を2週間熟成させて、豚の血を掛け、ブナのチップを燻して薫りを纏わせる。最近私は、食べた時の薫りの余韻だけで『メツゲライクスダ』のベーコンを判別できるようになった。芳しい薫りも楠田さんの真骨頂。今回は自身の仕事に関する4文字を当てた。そこに職人のプライドを見る。

「邪心がないこと」。物を生み出す上において、一番大切なことなのではないか?楠田さんを見ているといつもそう感じる。「技術を習得すること」は経験を重ねれば可能だろう。それよりも「心をきれいに保つこと」の方がきっと難しい。楠田さんは人に対しても食材に対しても常に温かく、情熱を持ち、真摯に向き合っている。そんな人が作るハムやソーセージは、澄んだ味がして、当然美味しい。美味しいなんてありふれた表現は通り越して、すがすがしいとさえ思う。料理も食肉加工品も、写真にも文章にも、あらゆる創造物には作った“その人”が表れる。『メツゲライクスダ』のソーセージにかぶりつきながら、私はそんなことを考え、自分を戒めている。


写真/太田恭史 Photographs by Takashi Ohta

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